店主いちのデジカメ迷走記

http://ichinosephoto.com/の管理人「店主いち」のブログです。 写真の事・デジカメの事・プリントの事、まだまだ模索・奮闘中。 模索中に気が付いたことなど綴っていきたいと思います。

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いちのせのカメラ #1 ~父と母~

久しぶりに曇空の埼玉県戸田市(西川口)周辺です
一雨あればいいのですが、そうとはいかないようです。


お店HPの1コンテンツとして始めたこのブログ、
2007年3月から綴っています。
我ながらよー続いてるはと思いますが、
さすがにそろそろ書くことも迷うようになってきました(笑)
お休みするのもアリかな・とも思うのですが
わざわざいらしてくれてる方がいらっしゃる以上
できる限り更新したいとの思いが強いのです。

それでも…、さすがにここに来て何を書こうか?と
固まる瞬間・時間が多くなってきたのも事実です。

そこでちょっとだけ新しい展開を考えてみました、
ワタシの昔話をしてみようかと思います、
もちろん写真のこと・カメラのこと。
昔話するようになったらオシマイだね、かもしれません(笑)
ご興味のある方だけお付き合いいただけたらと思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「いちのせのカメラ」#1 ~父と母~


昭和39年8月生まれのワタシ、
家業が写真屋だったとしても両親が残してくれた
アルバムの数は多いほうだと思う。
高度成長時代の好景気だったようだが、
やはり「写真」の価値・価格は
今とは比べ物にならないくらい高価だったと聞いている。
この事実には心から感謝しているし、
ワタシが子供にアルバムを残したいと思っている原点だ。

それでも、幼稚園に通うようになって以来、
家族で出かけた写真が激減した。
写真屋という商売、定休日は当時から水曜か木曜が相場だった。
別に組合などで示し合わせたわけでもないのだが、
当時から週の中で一番暇になる曜日だったようだ。
暗室職人でもあった父は当然同業の下請けもやっていたし、
休みの日が合わない それだけの理由だったのだろう。
子供心にそれが当然と思っていたし、
そういうものだと父の日の感謝作文に書いていた。


IMG_6621.jpg



ふと今思う、あれだけの数を残してくれた写真、
あの頃父が使っていたカメラのことだ。
一眼レフで撮られた記憶がない。

まったくないわけではない、
受験用証明写真はニコンF2だった、でもこれはスタジオ常備機。
後は母が使っていたアサヒペンタックスSP-IIを
ちょろっと変わりにレリーズしたくらい。



母は一眼レフをガンガン使っていた、
ペンタックスSPシリーズを3台くらい使い続けたはずだ。
レンズは50mmマクロ、105mmマクロ、それと35mmの3本。

母は何を撮っていたか?というと、
鎌倉の寺とその境内に咲く季節の草花、
特に紫陽花の写真は上手かった、
子供心に「お母さんの撮ったアジサイはきれい」と思っていた。

フィルムも拘っていた、頑なにエクタクローム。
紙マウント1コマずつに撮影データを几帳面に書いていたものだ。
幼稚園以降、ワタシの記録を残してくれているのは
ほとんどが母のペンタックスSPになった。



             ~ 不定期的に、つづく ~



  1. 2011/01/23(日) 16:13:34|
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デジカメの事、写真の事、のんびり・ゆるめに展開しています。

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